いじめ問題はどうやって解決できる?日本の学校環境は異常?|2018年11月8日のバイキングを見て
こんにちは。
暦の上では昨日立冬だったのに暖かいですねー!今年の冬は暖冬らしいです。
電気代が少しでも節約できるといいですね(笑)
◯何についての話?
さて。
異常な夏が終わってほっとしている今日この頃ですが、
いじめ問題について取り上げていたバイキングという番組を見てたら暑くなりました。
見ているだけで汗かいてくるぐらい議論の様子がアツかったですね。。
話題がかなり重くてセンシティブなものなので
具体的にここで説明するのは避けますが、
簡単にいうと内容は
「学校でのいじめ問題・学校側の対応はどうあるべき?」
というところですかね。
詳細については
動画がどこかに投稿されていると思います。
ツイートもたくさんされて話題になってるんじゃないでしょうか。
司会とゲストの大学教授がすごく対立していたというか
話がかみ合わずすごい敵対的な雰囲気出しまくってました。。
◯なんでそんな雰囲気になった?
司会の人が
学校側のいじめに対する「問題は解決したと認識していた」などという対応を
「もう少し突っ込んで調べようとしなっかったんだろうか。
伝聞だけで問題は解決したなんて言ってたなら
こんな対応ありえないよね!?」
と学校側を批判し始めようとしたのに対し、
ゲストの教授が
「学校側の対応は正しくないに決まってるけど
現実問題として誠意を持って対応しない人もいてそういう人は後を絶たないし、
教師に全部を隅から隅まで把握することを求めても限界がある。
そこまで求めたいけど、期待はできないよね。
学校の構造に問題があるからこういうことは起こるんだよね。」
と現実的なことをスパッと言ったので、司会さん(周りの何人かの出演者も)が戸惑って
「でもそうあってはならないんだ!ていうか、もしかしてあなた今回の学校の対応を擁護してんの?言ってることがわかんないよ」
という感じになってどんどん敵対的な雰囲気が深まっていったわけです。
(もちろんゲストの教授は今回の学校側のいじめ対応を擁護していません)
◯まだ倫理観に依存し続けるのか 取り払われない”理想像”
いやー落ち着いて見られる空気じゃなかったですねあれは。
CNNではよくある雰囲気なんですが、
やっぱり日本のテレビで見るのはまだちょっと僕は慣れてない気がします(笑)
会場全体がゲストの教授に対して敵対的になっていった感じですが、
個人的には教授と同感です。
司会者の人が司会の権力?を使って圧力をかけ過ぎてるようにも少し見えましたね。
表面的には。
議論を白熱させようと思ってあえて煽っていたなら別ですが。
話が逸れましたが、どのような点で同感なのかについては
やはり教授が言っていたとおり学校という閉鎖された環境において、
その中だけで学校側と生徒・保護者側両方にとってwin-winの問題解決を図るのは
現実問題としてどうしても起こりにくいように思う点です。
またこれは何も日本に限ったことではないのですが、人は集団とある程度のレベルで違う個人を攻撃しやすい傾向があります。
またいざそれがエスカレートして深刻ないじめになったとしても、学校としてはなんとかして丸く収めたいという思いが(完全にもしくは部分的に)あるのは否定できないでしょう。
倫理的には間違っていることでも、実際にはあることです。
普通に思う「あたりまえ」は通用しない。
もはや「どうあるべきか」って話じゃないんですね。
いじめは倫理観や理想の姿といった観点からでは解決できない問題なのだと思います。
おそらく司会者を含め周りが、
「教授の言ってることがわからない」っていうのは
「学校はこうあるべき」という善の理想・倫理観にとらわれ過ぎている
のも一つの原因なのかなと思います。
司会者は問題がどうあるべきかを議論したいのに対し、
教授が問題の本質を議論しようとしてたので話が噛み合っていなかった。。ところもあるんじゃないでしょうかね。
性善説的な考え方と、性悪説的な考え方からの立場の違いもあるのかもしれません。
とにかくいじめ問題に対して未だに倫理観や理想像といった視点から接しようとしているのでは、いつまでたっても解決に繋がらないと思います。
今回のいじめ問題は部活を家族旅行で休んだことが発端でSNSで批判されたことが原因でしたので、
ゲストの教授は究極部活やサークルには入らない、SNSをやらないといったことを言いかけていましたが
根本的なことについては、学校という環境があまりにも閉鎖的すぎる
ことを指摘していました。
◯日本の学校環境は異常?
本当に異常だと思います。
ただでさえ、人によっては学校社会が自分の全世界みたいに思えてしまう時があるんですよね。特に中学や高校では。
それに学級で固められ、常に集団行動を強制されている環境要素が加わるわけです。プラス文化祭、体育祭、学級親睦会、修学旅行など。。
中には本当にためになるものもありますが、集団行動をあまりにも意識した教育内容の度が過ぎているように感じます。
そういった環境が”仲間意識”を必要以上に発達させてしまうわけです。
つまり、日本の学校環境には”逃げ場”がないんですよね。カナダの高校に留学して改めて実感したのですが、日本の学校環境はやはりおかしいです。健康的じゃないんです。
カナダでは(欧米一般的に)科目選択制で、学校にいる間中ずーっと同じ人間と一緒にいなければならないなんてことはありません。
学校の制度上あまり意識に上ることがないですが、一日中ずっと同じ人といると疲れます。相手とどれほど仲が良くても。だから健康的じゃないんですよね。
それがあたりまえ化されているのですが、やはりそんな環境で生きづらさを感じている人は少なくないと思います。
僕自身中学や高校は、気持ち的にいつやめるかわからない状態でしたが(笑)
一旦自分が属している社会から離れ、遠くから見てみればよくわかるはずです。
中学の頃は語学留学、高校は交換留学で
一応日本で中学高校に通っていた時間は本来より短めになったのですが
要は今いる環境がいやでたまらなかったら、その環境を一旦離れましょう。
違う場所に逃亡しましょう(笑)
それが解決への近道だと思います。
悩んでいるときはとりあえず今の自分を俯瞰して見ると、
そこまでどうしようもなくもないことがわかります。
いつでも道はあります。
わざわざいばらの道を通らなくても、言い方はあれですが逃げ道、回り道、近道、怪我するのをスマートに避ける方法はいくらでもあります。
その意味でも部活やSNSをやらない、やめてみるというのはいいかもしれませんね。
そもそもやってなかったら他人がいくら悪口言ってようが何言ってようが
自分には知る由もないし、関係もありませんから。
◯いじめる側の生き甲斐は、いじめられる側の「反応」
いじめる側にとっては、いじめられる側の反応が生き甲斐です。
その生き甲斐を無くしてやりましょう。反応を見せないことによって。
まあ「反応を見せない」と言っても意識しすぎると逆にエサになってしまう可能性があるので、具体的には
・あごに手をおいて少し考えるふりをして、立ち去る。
これをすると、逆に相手は今あなたがした行動の意味を考え出します。
気になりすぎてもし手を出してきた場合、それはそれで後で相手を攻められるポイントになります。
(しかし絶対に歯向かわないこと。とにかく逃げる。それで第3者の目の前におびき寄せられれば、目撃の証拠になります。)
社会集団に属していることが必ずしも常にいいこととは限りませんね(笑)
特に精神衛生的な意味で。
大切なのはあなた自身の健康です。それだけは損なわないようにしましょう。
◯いじめ問題解決策の提案まとめ(その他メンタルヘルスの管理術)
・余計に社会集団に属することを意識しすぎない
・いじめる側の生き甲斐を無くす=反応を見せない
(そもそも気にさえならなければ、自分自身が苦しむ必要がなくなる)
・もし手を出してきた場合でも、逃げればこっちが有利。第3者の前におびき寄せて目撃させる
・学校で周りの目が全く行き届かないところに行かない、そのような状況に自分を置かない
(友達としてつるんでいなくても良い、ただ第3者の目が行き届く範囲にいれば良い。
トイレに行くときは、逆に授業中に行く。←少なくとも先生や他の生徒(いじめ側も含めてだが)誰か第3者があなたがどこに行ったか把握している)
・環境を変える
(学校をやめたとしても自分が納得できる理由があれば、その”退学経験”は後で誰かの役に立つ「価値」になる)
・柔軟に、楽観的に考える
(特に悲観的な思考や反芻思考、自己肯定感の喪失は、体の不調の原因になる)
・メンタリズム・心理術系の本を読む
(メンタリズムや心理術は、生きて行く上でのいわゆるちょっとした”裏ワザ”みたいなものです。知っているだけで、物事への対処の仕方が全然違ってきます。)
以上、長くなりましたが2回目のブログでした!
書き方スキルを改善していきます。。見守っていてください(笑)
-今日の写真-
奈良のとびひのからの写真です!紅葉って結構遅いんですねー。なんか9月からは紅葉の季節と思ってたんですが、本格的に始まるのは11月中旬頃からなんですね!まだ間に合います!笑